右肩上がり

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くそったれブルース【思考の罠】

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おはようございます( ¯꒳​¯ )ᐝ


寝不足でございます。


昨日の夜からちょっとした拍子にモヤモヤしてしまって、あまり寝れなかったのです。




やっと寝付いた。その瞬間に、娘の「アクロバティックな寝返り」という名のドロップキックを喰らいました。


私のムスコにクリーンヒットしなくてよかったと心より思っています。


なお、本当の息子も「寝ながら枕を奪う」という盗賊の極意を身につけたようで、安眠からは程遠くなっています。


彼らは如何にして、その特技を磨いたのでしょうか?


全く本題とはかけ離れた前置きでございますが、気にせずこのまま進めていきましょう。




僕らはときに大いに悩む。そんなとき立ち返られる原点がほしい。


不思議なもので、「これでいい」と思って物事を進めても、ふと自信をなくしたりしませんか?


特に、私はブログやSNSで発信した後に感じたりします。


人によって「何をしたらそうなるのか」ってポイントは違うと思いますが、私の場合は「人と比べてしまう」とそんな思考に陥りがちなんです。

自分を失っている女性の写真
「自分」はどこにあるのか?


絶対な自分など存在しない


「人と自分を比べても、仕方ない」

よく言われる言葉であり、確かにそうなんでしょう。


でも、自分っていう存在はひどく曖昧です。


そもそも他者がいるからこそ、自分の個性が生まれるわけで、「これが自分だ」っていうのは他人を基準にした言わば相対的価値観なんです。


だから、周囲にいる人や環境によって、「自分」というのは容易に形を変えてしまいます。

雪解けの景色
「自分」はまるで、季節で形が変わる自然のようだ。


周囲の評価で自分は姿を変えてしまう


もう少し具体的に考えてみましょう。


あなたは自分を「仕事ができる人」だと思っているとします。

そして、それをアイデンティティだとも感じている。
実際に職場ではバリバリ働いていることでしょう。



ところが、周囲の人が実は自分よりも仕事ができることに気づいてしまったら?

職場が変わって、周囲の人よりも仕事ができなくなったら?

健康を損なって、いつものパフォーマンスが出せなくなったら?



そのとき、心の中で持っていた「自分」って揺れますよね。



こんなはずじゃなかったのに。くそったれ。

胸を掠めるモヤモヤに戸惑いを感じるでしょう。



そんなときに、立ち返れる「自分軸」、いわば原点がほしくなりますね。


「自分軸」は成長の証

「自分軸」って何?って考えると、私は「自己評価をする基準」だと思っています。


自分のどこにその位置決めを行うかは、心持ち次第ですね。

でも、今が過去よりも「成長した」と感じられれば、「自分は止まっていない、歩み続けている」ことが感じられるんですよ。



「他人と比べない」と意識するんじゃなく、「自分で自己評価する」ことを考える。


そうすると、他者の評価に依存しない「揺るがない自分」ってのが見えてくる気がしませんか?



例を出せば、
私はブログを書こうとした当初、本当に何も書けず、一年間まっさらでモンモンと過ごした経験があります。

書こうと思っても何を書いていいかわからないし、気持ちを文字に起こせませんでした。


このときが「自分の原点」だと思えば、今は一時間ほどで、ここまで記事が書けるようになりました。


それは紛れもない自分の成長だろうし、他者に依存しない「自分」なんですよね。


社会に生きるということは人と比較されるということ

どうしても、私達は「社会」で生きていくと人と比較されます。そうやって形づくられてるのが「社会」だからです。


そんな中で、もし「自分」という存在を見失いかけたら…

・自己評価できる基準をみつける。
・立ち返って、今の自分と照らし合わせる。
・成長できてなかったとしても、自分がわかる。

こうやって揺るがない自分を見出しましょう。



でも、たまには叫んだっていいんだぜ?

大きな声で言ってやろうぜ、「くそったれ!」



それではまた今度。

ぐっばい。