ほそぼそ日常ブログ

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寝る前に読むと寝れなくなる?思考パラドックス!

こんばんは!



【自分とは何でしょうか?】

【人はなぜ生きるのでしょうか?】



悩んでも答えなどないかもしれません。




それでも考えてみたくなるときってありますよね!




私なりの「自分」について考えてみたいと思います!



※本記事は私の頭の中をボンヤリと記事化した内容です、意味のわからない表現もあるかもしれません。そこらへんも適当に察して下さいね。笑

※「生きる」に関しては別記事でお送りする?予定です。気が向けば。


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まずは自分って?

あなたが「自分を表す」ときにどんな言葉を用いますか?



私は冷静沈着で落ち着きがある。

思いやりがあって優しい。



色んな表現や言葉があるかと思います。



しかし、自己の表現、すなわち、自己評価といいながら、他者との比較が根底にあるんですよね。




私は(他の人よりも)冷静沈着で落ち着きがある。

(他の人よりも)思いやりがあって優しい。




自分の中で、他者の平均を導きだして、それで自己を表している。



当然、周りにいる人が、自分と乖離して高みにいる存在であれば、

「私ってなんだろう」

という劣等感に苛まれます。




なんというか、他者がいないと自己が成り立たなくなると同時に、いらぬ比較も生じてる気がします。



これが本来の自分か?と言われると疑問が残ります。



少し考え方を変えてみましょう



あなたの生き甲斐はなんですか?

家族がいればそれでいい

仕事しかしていない

趣味こそ至高!




これまた色々あるでしょう。




では、その「生き甲斐」をなくしたとき、あなたには何が残りますか?




家族に心底尽くしていたあなたが家族をなくすと?


仕事一筋のあなたが仕事から離れると?


趣味に没頭したあなたが、趣味がなくなると?




残ったあなたが「本来の自分」ではなかろうか。



生き甲斐もこうしたい、こうありたいという願望が含まれている気がします。

もちろんそれが私!と銘打っても一項に構わないです。


だけど、本来の自分とは異なるかもしれない。



漠然とした想像で、生き甲斐をなくしてみてください。





家族がいなくなったら、ネガティブに染まりますか?

仕事がなくなっても、真面目でいれますか?

趣味がなくなっても、エネルギーがありますか?





さぁ、残ったあなたはどんな自分ですか?




そこで出てきた自分はきっと他者も関係ない素の自分でしょう。



たまにはそんなことを考えて、自分という存在について考えてみるのもいいかもしれませんね!


だから何がどうなるわけでもないとは思いますが・・!


では!


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